有元農場 誕生秘話 (第1話より~)

2015-08-02 07:12:00

さて27年現在、国はTPP交渉を進めています。

国際競争をさせて強い百姓(大型農家)を作るにはとても良い事でしょう!

ですが現実その競争をする百姓事態が毎年どんどん減少してます!

実際すでにバターが足りない状況です。それは酪農をする百姓が減少して供給量が減った為です!

これから先様々な加工品 ・食品にも不足がでてくると思います。

まずは若い百姓を増やす事が一番しないといけない事です。

人間は何よりも食べる物が第一です。皆さんそう思いませんか?

日本(国産)の良い食べ物(野菜・肉)を食べるから、良い身体ができ力がわいてきます!

『日本の物がないなら外国から輸入すればいい!』それも間違ってはいないとは思います。

ですが現実野菜を作っている者として、どれだけ農薬がかけられていて、どんな環境で誰が育てているかもわからない野菜を自分の子供達、孫達、には食べさせたくありません(>_<)

日本にとって一次産業である農業・漁業は『 食 』を守る一番大切な職業です!

もっとその事実を地域全体で深刻に現状を受け止め、対策をとらないと高齢化は進み先祖代々守ってきた田畑は荒れ農村地域は限界集落になり崩壊してしまいます!

百姓を増やすという事は国産の食料を確保し、限界集落化に歯止めをかけ、昔からの日本の美しい景観を守る事に繋がります(^.^)

皆さんそう思いませんか?

決して他人事じゃないですよ!! 

皆さん一番末端の一次産業(農業・漁業)の大切さを理解し、社会全体で農・漁人口を増やしていけるような仕組みを早急に考えないといけません。

どうにか自分(新規の百姓)のような方達を増やしていきたいものです。。。

 

2014-08-14 12:11:00

さてトンネルの開け閉めを毎日しながらトンネル内でのつるの誘引、芽かきをしていきました。

そしてちょうどつるがマルチの端まできた頃に、ちらほらなのですがまだ動きの遅い「ミツバチ」さんが南瓜の雄花・雌花に飛んできます。

最初はこんな身近に蜂がブンブン飛びまわるのが不自然という感覚でしたのでいちいち蜂に反応してました。

ようはいつか蜂に刺されるんじゃないかという恐怖ですよね。

ですが作業をしていき 蜂の存在が気にならなくなり自然な感じになっていきました。

毎日見ていると、いとおしい存在になり、見かけないとなんか寂しいきもちになります。

蜂が雄花・雌花に飛んでいき花粉を運んでくれます。そして交配が完了した雌花がだんだん大きくなり南瓜になっていきます。

最近ではかミツバチの数もかなり減少しており、交配が必要な野菜にとってはなくてはならない存在(ミツバチ)です。 

種類も日本ミツバチ、西洋ミツバチおりますがほとんどが西洋ミツバチです。  

温暖化がすすみミツバチ・その他虫達が生きていきにくい方向に生態系も急激に変わってきてるのでしょう。

ミツバチのおかげで南瓜の交配も順調にいき、そんなこんなしているうちに4月下旬になり霜の心配もなくなったので

いよいよトンネルを外す事になりました。  

トンネルを外し、マルチの外にはワラを敷いていたのでワラの方向にツルの先端を等間隔で誘引していきました。

南瓜達はここから広い空間・ワラの上で伸び伸び育っていきます。  

引き続き芽かきをしながら、今度は南瓜に敷物を敷く作業をしていきます。

地面と南瓜の間に高さで言えば5センチ程の空間を作って太陽の光が入るようにしていきます。

ついている南瓜1つ1つ全てにシートを敷いていきます。この作業により南瓜の地面との接地面に色がついていくという事です。それをしないと出荷してもお金になりません。出荷規格というものです。

向かい合わせのツルが交差するまでなりいよいよ芽かき作業も終わりです。あとはツルのしんを止めて促成南瓜(春南瓜)の管理作業の全てが終わりです。

南瓜が大きくなり、へたの所がコルク状までなればいよいよ収穫です。

初めての南瓜栽培、理解できたのは50%程度でした。管理作業に追われ全然ダメでした。ですが西野さん(師匠)から教えて頂きなんとか資材代ぐらいにはなりました。本当にありがとうございました。

 

今日本の青果物出荷には共同出荷、市場出荷があります。ここに出荷するには厳しい出荷規格がありそれらは野菜の見た目(外観)により等級が決まり、値段も決まります。

味うんぬんよりまずは見た目(外観)です。百姓も生きていくためお金を取る為に見た目にこだわり、そこに非常に敏感になります。それにより規定ギリギリまで農薬散布をします。

皆さん知っていますか?  農薬の最初の元になったのは第二次世界大戦等で使われてきた『毒ガス』ですよ。

人間は見た目(外観)にこだわるばっかりに自分たちが食べる物に『毒ガス』からできた農薬を散布してそれを食べているんですよ。

自分は見た目もある程度は大事だと思いますが、本当に必要最低限に農薬も抑え減農薬・減肥料でいいと思います。

昔から百姓の人らは「自分の所で作った野菜を自分の家族に食べさせたくない。」って言いよったわけですからようは体に悪いと思ってたんですよね。

自然界には摂理があり、その中に気候があり、虫達がいます。畑をより自然なものを取り入れて自然なバランスがとれるようにコントロールしてやれば、そう虫達も悪さをしないと思います。

自然界にないものを畑に入れれば入れるだけバランスは崩れ自然から遠のくことになります。

最近の気候を読むのは本当に難しい。だって当日の天気予報が外れるぐらいですから。  

ですが温暖化等、地球をこのような環境にしたのは人間ですから、難しかろうがなんだろうが現実に立ち向かい攻略しながらできる限りの安心な野菜を消費者に届ける。それが百姓の責任ですよね。

正直、百姓を始めて理不尽なシステム・必要のないシステムがあるのを自分なりに感じました。

そして何より『今まで百姓は社会の中で生かさず殺さず』のポジションにいなければならなかった事も。

何より自分の作る野菜に責任をもち、そして自信をもって自分の野菜で勝負をし、様々な困難・壁に打ち勝っていきたいものですね。                                                   

                                                                                                       第十二話         完

 

2014-07-27 10:06:00

いよいよ促成南瓜(春南瓜)の管理作業が始まりました。

まず溝辺・楠原大地での促成南瓜栽培は基本3月上旬定植の6月収穫です。

植え付け、手入れの時期はまだ霜注意報がバンバンでる時期です。

なので温度確保の為、二重のトンネル・透明マルチ栽培になってます。

この時期トンネルを外すまでの一ヶ月半程は毎日「朝トンネルを開け、夕方閉める」この単純作業がつつ"きます。

単純作業なのですが一番重要な作業です。いくらまだまだ寒いとはいえ晴天の日にトンネルを開け忘れでもしたらなかは40度以上にもなり一発で南瓜が煮えます。また閉め忘れでもしたら霜にあたり冷害をうけこれまた終了です。

なのでたまに強風がふく日もあるのでトンネルを開けていると風でトンネルを持ち上げられ飛ばされたりと本当に毎日がドキドキでした。

ですが毎日トンネルの開け・閉めをしながら南瓜を見ていると本葉が一枚また一枚と増え日に日に成長していきます。南瓜は根をしっかりはり成長がはじまると成長のスピードが早いので見ているだけで楽しいです。

南瓜栽培には基本、つる一本出し・つる二本出しとそのどちらかで栽培していきます。今回促成南瓜はつる二本出し栽培です。 

親つるをとめて、元気な子つるを二本残して二本出しにしていきます。

最初は親つる、子つるの区別もつかず二本出しやら三本出しやらごっちゃでした。

実もの野菜ではつるを伸ばし、実を何節目で実らせるかでその後の収量が全然変わってきます。

もちろん当時はそんな事もなにも知らず、南瓜がどんな風に実るかも知らなかったので西野さん(師匠)に教えて頂きながらどうにか出荷できるものを作り出す事で精一杯でした。

つるを二本出しにしてつるが伸びはじめました。まだトンネルを外すまではつるを外に出せません。なので芽かき作業をしながらつるを誘引していきます。これが本当に難しい!!

トンネルの狭い空間の中、どのつるがどの株のつるなのかごちゃごちゃしすぎて全くわかりません。

妻と二人パニックでした。たった300本手入れするのにまる三日程かかりました。

手入れが遅れれば遅れるほど全てが後手にまわり作業が詰まってきます。典型的そのパターンでした。

初めての南瓜栽培とはいえここまで難しいものかとつくつ"く思いました。

自分もそうだったんですが、「南瓜なんてどっか空いているスペースか土手にでも種をまいておけば勝手につるをはわして実がなるだろう」ぐらいのイメージが強いですよね。

初めて南瓜を作ってみてその手のかかり方にビックリしました。

「ここまでしてようやくいい南瓜が作れる」事を知りました。

 

楽に作れる野菜なんてありません。全ての野菜にそれぞれ難しさがあり技術がいる。

そして全ての野菜にできた時、それぞれに違った喜び・感動があります。

生きている間により多くの喜び・感動を味わいたいものですね。

『 百姓・百作 』実現したいものです。

 

次話は促成南瓜の話のつつ"きです。                                      第十一話         完

 

         

2014-06-21 10:26:00

トラクターをなんとか最低限使いこなせるようになりました。

なのでお貸りしている 55 a 程の畑の半分を使い作物を作ることにしました。

25 a の半分はアブラナ科中心の葉物野菜を直売向けに作る事にしました。

残りの半分を何にしようか妻と考えていた所、西野さん(師匠)の方から「南瓜をしてみないか?」とのお話を頂き練習で 10 a 程作ってみる事にしました。

今では、有元農場の主作物の一つになっている南瓜です。今では年間 1 ha 以上作っており、部会でも西野さんの次の作付面積までになりました。

当時、農協出荷用の南瓜の値段が何年も安定しており西野さんが進めて下さいました。

作りたいものがあって作っても、売り先があって生活できるだけのお金にならないと百姓は成り立ちません。

理想や夢を抱きながら自給自足をしたいのは百姓をしていれば皆同じです。

ですが家族がおり、皆で生きていかなければなりません。それが現実です。

理想や夢を追いかけるのは子育てが落ち着き、自分たちだけの技術が確立してからだと妻と話し合いました。

西野さんに南瓜作りを習い初めました。正直その頃は南瓜に対してピンときませんでした。

まずは元肥からです。師匠と同じ鶏糞を元肥に使う事にしました。

その頃は肥料を買うのも厳しかったので、西野さんに御相談し鶏糞をわけて頂けるようになりました。 

西野さんの鶏舎の中にある鶏糞をスコップで肥料袋に一袋(約15㎏)ずつ入れて 100袋 程持ち出しました。

妻と二人で何日も通い作業を繰り返し、わけて頂きました。いやーーー大変でした。

また一つ百姓の作業の厳しさを感じる事ができ、勉強になりました。

そうして持ち帰った鶏糞(袋)を妻と二人、一袋ずつ手で持ちふりながらで畑にまき、マルチを張りました。

次はトンネル張りです。春南瓜だったので露地では温度が足りず二重のトンネルが必要でした。

またまた西野さんのご好意に甘え、余っている資材等を貸して頂ける事になりました。当時は本当に何から何まで甘えてしまいお世話になり、本当に感謝しております。本当にありがとうございました。

トンネルを張るのも触るのも、全てが初めてです。周りの大根農家さん等の畑を見てまわり一番良い張りかたを考えました。

そして実践し、なんとか形になり張る事ができました。本当に全てが勉強です。。

全ての準備ができいよいよ定植です。定植までの準備にこれ程の時間がかかり、ここからがやっと栽培開始です。

やはり実がなる野菜でハウス・トンネル栽培となると技術・時間・投資とかかるものですね。

上手に作ることができれば収穫期も長く収量も上がり、お金も取れる。当然ですね。 

いよいよ苗がきました。300本ぐらいですかね。定植するのに妻と二人半日かかりました。 

すぐにポキッといきそうで触るのが怖い怖い!!     野菜の赤ちゃんですもんね。  

そして次の日から一ヶ月間トンネルの開け閉めが始まりました。ハウスと同じなので朝、夕と温度管理をしてあげないといけません。 この時期、春南瓜にとって一番心配な事は霜だったので 、しっかり温度管理をして霜から守ってあげなくてはいけませんでした。もちろん昼間の高温もいけませんけど。

春一番が吹いてトンネルが飛ばされたり、0度以下になり冷害が出たりと、毎年一年で一番長く感じる長い長い一ヶ月 です。  

 

注意力も足りず、管理も後手にまわりと反省・勉強ばかりでした。  

次回ではいよいよ南瓜の手入れをしていきます。                               第十話            完

  

 

 

 

 

2014-06-15 10:56:00

前々回で購入したトラクターの整備も終了し、納品されたのでトラクターも使えるようになりました。

今では第一倉庫、第二倉庫とありトラクター二台とその他機械全て保管できるようになりましたが、当時は倉庫もなく機械・農具を保管できる所もありませんでした。

なので最初に畑を貸して下さった地主さんが畑の前に家があり、そちらの敷地が広かったのでご好意でそこに置かして頂けるようになり本当に助かりました。

なので倉庫が立つまで一年程はそちらの敷地にトラクター・農具共にブルーシートをかけ置かせて頂きました。台風やら大雨やらでシートも飛んでしまったりして本当にご迷惑をおかけしたと思います。

そちらの地主さんには今でも家族・農場スタッフ共々大変お世話になっており感謝・感謝しております。

さてトラクター、平畝マルチャーがきましたのである程度の環境は整いました。

なのでまずはトラクターの耕運の練習からです。

ロータリーも現在ではコバシ・ニプロのロータリーをつけており耕運・整地、大変向上していますが当時は別にそんな機械がある事すら知らず純正オンリーでした。

当時はその純正ロータリーすらまともに扱えず大変苦労しました。やはりまともに耕運できるまで一年はかかりました。最初、小城さんにしっかりレッスンして頂き後は独学で回数をこなして慣れていきました。

最初は土が波うって凸凹でした。購入したトラクターがコンピューター制御のふる装備型だったのでロータリーをおろして引っぱるだけである程度仕上げてくれるだろうと思い作業したのですが全然イメージ通りにはいかずトラクター作業の難しさを知りました。

ロータリーをおろした時の爪の深さ・角度・制御板の調整・爪の回転のスピード・トラクターのスピード・畑のその時の状態・エンジン回転数・等少なくとも最低これだけ考えながら作業しなければいけません。

ようはその機械に合った設定、その時の気候・畑に合ったやり方、そして一番は自分に合ったやり方をみつけだしてしていくという事です。 

ですがそれこそが難しい!!

トラクターの後のアタッチを変えるたび、例えばマルチャーをつけても毎回設定を考えなければならないという事ですからね。今までまともにまともな機械を触った事もなかったので本当に扱うのが難しかったですし、深く考えさせられる事ばかりでした。ですがそれら全てひっくるめて楽しかったです。

トラクター作業の仕上がりでその後のマルチ張り・定植・種蒔き・と後の作業に連動していくので本当に大事な作業です。百姓は畑作りの初めから収穫の最後まで作業が連動していて、持っている機械・農具、もちろん百姓の手による技術と、もちろんその時の気候、それらが作る作物の命に全て活かされた時、美味い野菜ができ、収量も確保できます。いやーーー深い・深い。。。そして面白い!!!!!!

これは感覚をより鋭く研ぎ澄まして野菜にならないといけませんね(^O^)

 

自分らの時代にはトラクターは普通で、その前の時代は耕運機、そしてそれより前は牛や馬と、本当に大変な作業をされてきて今があるのでしょう。時代は時代です。昔は昔です。

『ですが自分の目がくもった時は原点にかえれ』と常に自分に言い聞かせております。

百姓も百姓の時代の原点にかえれば何か面白いヒントがあるのかもしれませんね。

                                                                                                                      第九話     完 

      

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